コキアのソラ言

日々のソラ言、時々、占星術。

自分のコト (3) 〜母親と私〜

 

学生時代から幼少期にまで遡ってみます。

 

 

 

まあ、基本『良い子』ちゃん。

 

 

女子高生でも、制服もひざ下の長さだったし、先生からも頼られちゃうような、そんな “大人が使いやすい” 学生だった。

 

 

 

 

末っ子長女なので、『箱入り』どころか、

 

 

『重箱入り』娘でした。

 

 

友達と出掛けるときは、5W1Hが必須。

  1. いつ?
  2. どこへ?
  3. 誰と?
  4. 何をしに?
  5. どうやって行く?

ついでに何時に帰ってくるか?まであった。

 

 

 

 

これを結婚直前まで、やらされていたw

 

 

 

 

門限もしっかりあった。

 

 

 

義務教育時代や高校生時代は法に則ったものでしたが。

大学生になると、バイトやバイト後の付き合いもあるのに、成人になっても『その日の内』までに帰ってくるように、と。

 

 

母は、

『何かあるといけないから!』

という理由で、お風呂にも入らず帰宅を待っているのです。

 

 

もし、過ぎると…

 

 

 

 

ビンタされた。

 

 

 

 

社会人になると、まさかの23時までには帰ってくるように、と、門限が早まるという意味不明の現象が起きた。

 

 

なぜ社会人にもなって一人暮らししてなかったの?

と、お思いでしょうが、許されませんでした。

 

 

 

 

反抗期なんて、もちろんありません。

 

 

反抗してる方が『面倒臭い』のです。

 

 

 

 

だいたいわかってきましたかね?

 

 

 

 

私は、親の敷いたしっかりとしたレールに乗っていたのです。

 

 

 

 

進路も “自分の希望してない” 親の希望するものになりました。

小学校の頃から“刷り込まれて”いて。

同時に通っていた個人塾の講師にまでも刷り込まれた。

(今となっては親とグルだったのではないかと思うほど)

 

それ以外になることは許されない空気が日々漂っていました。

 

 

末っ子長女なので、兄が2人いまして。

1人は、“勉強は学校でするもの”という天才肌。

もう1人は、“石橋をコツコツ叩いて確実にする”というしっかり者。

私は、“運のツキ”で乗り越えて行くタイプ。

三者三様です。

 

上2人は、自分のなりたいものになった(はず)。

 

なぜか女の私は、ありとあらゆるレールが轢かれた。

 

 

 

それは幼稚園の頃から始まっていた。

 

 

 

幼稚園のころ、ヤマハのピアノ教室に通っていた。

 

私はピアノには全く興味がなかった。

外で遊んでる方が好きだった。

練習ももちろんせず、無理やりやらされて。

上手に弾けないと長い定規で手を叩かれてました。

そんなんだから、年に一度の教室ごとの発表会は、鍵盤を弾く事なく、パーカッション担当でした。

 

本当にピアノ教室が嫌だったんでしょうね。

『お腹が痛い。』

『手が動かない。』

と、嘘もつくようになったそうです。←憶えてないけど。

 

 

 

が。

 

 

 

母からは、

『アンタが習いたいって言ったんでしょうがっ!』

と怒鳴られてました。

 

 

 

これ5歳くらいの話。

 

 

 

この手のやり取り、ずっと続くんです。

言われたからやっていたのに、あたかも私自身が望んでやったかのように言われたり。

 

 

抵抗しようものなら、倍返しです。

大人になってからも、変わらず。

 

 

 

 

母も、自分の母(私の祖母)が弟(私の叔父)ばかりを可愛がり、母親からの愛情不足だったのでしょう。

 

 

『自分がしてもらえなかった事を、娘にしてあげよう!』

 

 

その意気込みは幼いながらも、感じてました。

本人も良く口にしていたし。

だから逆らうことはしなかったのかな?

 

 

今思えば、幼いながらに親の期待に応えて、褒めてもらうことで愛情をはかっていたのでしょう。

 

 

 

褒めて欲しいがために、どんなに勉強頑張っても、テストでクラス2番だったらすると

 

『なんで1番になれないの?』

 

なんて言われちゃう。おいー。

 

 

 

 

 

 

子供がどんなに頑張っても、母自身は満たされないんだな。

 

 

 

だって、

母自身でやってないから。

 

 

 

 

逆に娘が羨ましいのか、嫉妬のような感情もぶつけられたな〜。

 

この点はも今も変わらず…。

『アンタは良いわよね〜。』

って。

 

 

 

 

 

【じゃあ、どうしろって言うんだよ?!】

 

 

 

 

と思い悩んだこともありましたが、私には何もしてあげられません。

 

 

 

もう無理です。

 

 

 

 

今は境界線を引いて、程よく距離を保つようにしております。